仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)411号 判決 1988年2月26日
控訴人
渡辺光太郎
右訴訟代理人弁護士
佐藤興治郎
被控訴人
中谷正夫
右訴訟代理人弁護士
高橋實
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示(その引用する原審記録中の証拠関係目録の記載を含む。)及び当審記録中の証拠関係目録の記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決六枚目裏末行の次に行を改めて、「弁済日前記アと同日」の一行と、その次に「原告の負担額 金一二五八万〇六七〇円」の一行を加え、同七枚目表初行の「四五二万三八四三円」とあるのを「四二五二万三八四三円」と改める。
(控訴人の陳述)
被控訴人は、株式会社昭栄機械商事(以下「昭栄機械」という。)の代表者小川俊彦から依頼されて、銀行融資にあたり銀行を欺くための資料として同社のために虚偽の黒字の確定申告書を作成したものであり、右銀行融資が控訴人とその一族による保証と担保の提供によりなされるものであることを知悉していたものである。
右銀行融資は継続的な根抵当ないしは根保証取引であり、これによる融資の都度確定申告書の提出が要求されていたのである。
控訴人は、被控訴人による虚偽の申告書に基づいて本件の保証等の行為をしたものであるが、被控訴人は、控訴人の本件保証行為等による銀行融資を受ける当初から虚偽の申告書を不法に作成していたもので、昭和五四年三月期のみならず、昭和五三年三月期の虚偽の税務申告書類の作成にも自ら関与していたものである。
更に、被控訴人は右虚偽の申告書の税務署収受印の偽造にも関与していたものであり、少なくとも偽造された右収受印のある文書を作成保管していたものであつて、控訴人の保証と担保提供等にこれを利用し、控訴人に対し本件の損害を生ぜしめたものである。
(被控訴人の陳述)
一 控訴人の右主張事実は否認する。
二 被控訴人は昭栄機械から依頼を受けて昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの確定申告書を作成したが、その作成にあたつて、昭栄機械の関係資料には不明な点が多々あつたので、とりあえず一応作成したのが甲第九号証の確定申告書であり、その後同社の代表者小川俊彦から事情を聞いて作成しなおしたものが甲第二号証の一の確定申告書である。
従つて、甲第九号証の確定申告書は仮に作成した申告書であり、税理士の署名押印もなく、税務署受付印も押されていない。
理由
一<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 控訴人は、昭和五三年六月ころ、昭栄機械(中古の建設機械を東南アジアに輸出することを業としていた。)の代表者小川俊彦から、昭栄機械のために事業資金の融通並びに金融機関からの借入れに必要な保証と担保の提供方を依頼され、二期分の黒字の確定申告書の写(昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの事業年度分について一六五万九六八一円の黒字の確定申告書の写と昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの事業年度分について九三八万五七一二円の黒字の確定申告書の写)を示された。
2 ところが、昭栄機械は、営業実績赤字であり、昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの事業年度分については五〇九九万五八〇七円の欠損を出した旨の赤字の確定申告書を税務署に提出していた。
3 しかし、控訴人は、小川俊彦に示されたこれらの確定申告書の写の記載を真実と誤信し、小川俊彦に対し、昭栄機械のために資金の融通並びに保証と担保の提供をすることを約した。
4 控訴人は、株式会社康和(以下「康和」という。代表者は控訴人の弟の渡辺眞多)に申入れをして、昭栄機械のために金員の融通を受けることができるように取り計らいをしたうえ(控訴人は康和に対し昭栄機械のために連帯保証をした。)、昭栄機械が株式会社住友銀行、株式会社東海銀行、商工組合中央金庫から金員を借受けるにあたつて、控訴人とその身内の者が昭栄機械のために連帯保証をし、不動産を担保として提供した。
5 昭栄機械は、控訴人及びその身内の者の連帯保証と担保の提供を受けて、請求原因7に記載のとおり康和のほかに株式会社住友銀行、株式会社東海銀行、商工組合中央金庫から資金の融通を受けたが(昭栄機械がこれらの金融機関から融資を受けるについては前三期分の黒字の確定申告書を含む決算書類を提出したものである。)、昭和五五年四月一四日に倒産した。
そのために控訴人らはこれらの債権者に対し請求原因7に記載のとおり昭和五五年八月に保証人として総額二億円余の支払をした。そのうち控訴人は四〇〇〇万円を超える金額の支払を負担したが、その回収は不能であり、同額の損害を蒙つた。
6 控訴人の右損害は、小川俊彦から虚偽の確定申告書の写を示されて(小川俊彦は、前記のほか昭栄機械の昭和五三年四月一日から昭和五四年三月三一日までの事業年度分の確定申告についても、五三六五万四六五四円の赤字を出したとして届出たにもかかわらず、一五七〇万一一六一円の黒字の虚偽の確定申告書の写を控訴人に示して、控訴人をしてその旨誤信させていた。)、真実は昭栄機械が赤字の会社であるのに、黒字の会社であるように嘘を言われて、その旨誤信したことによるものである。
控訴人は、昭栄機械が赤字の会社であるならば、昭栄機械のために資金の融通を受けさせたり、保証ないし担保の提供をする意思はなかつたものである。
二被控訴人が税理士であり、控訴人による前記保証、担保提供以前から昭栄機械の顧問税理士として昭栄機械の決算書類の作成、税務申告、会計帳簿の記載の指導等の業務を処理していたものであることは、被控訴人の認めるところである。
当審証人丹治徹、同中村利弘の各証言、原審及び当審(第一、二回)における控訴人の本人尋問の結果、原審及び当審における被控訴人の本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
1 昭栄機械が税務署に提出していた確定申告書とその附属書類は全部被控訴人が作成していた。控訴人が小川俊彦から交付されていた黒字の虚偽の確定申告書(右書面には税務署の収受印とみられる印が押捺されていた。)の写も同様に被控訴人が作成したものである。
2 被控訴人が同じ事業年度分について赤字の確定申告書とともに黒字の確定申告書をも作成したのは、小川俊彦から「銀行には黒字だと言つてあるので、赤字の申告書を見せるわけにはいかないから、黒字のものを作つてもらいたい」と言われたためである。
3 被控訴人は昭栄機械の試算表(作為された疑いがある。)をも毎月作成して控訴人に送付していたものであり(控訴人は、昭栄機械のために、保証及び担保の提供をするにあたつて、小川俊彦に対し、毎月昭栄機械の試算表を送付することを求めた。そこで、小川俊彦は被控訴人に対し試算表を控訴人に送付させていた。)、昭栄機械が控訴人の尽力により資金の融通を受けていたことを知悉していた。
4 控訴人は、昭栄機械の倒産する三、四か月位前から昭栄機械の経理に不審を抱くようになつた。そこで、小川俊彦及び被控訴人から交付を受けていた決算書類の解析を他の税理士に依頼するとともに、被控訴人に対しその所持する昭栄機械の決算書類の提出を求めた。
5 ところで、被控訴人が所持していた昭栄機械の決算書類の中には、黒字の虚偽の確定申告書(右書面にはいずれも税務署の収受印とみられる印が押捺されていた。)の写のほかに、税務署に提出していた赤字の確定申告書の写とその附属書類が入つていた。
控訴人は、昭栄機械がこのような二重の確定申告書を作成していたことを知つて非常に驚き憤慨して、被控訴人に対し、「どうして私に本当のことを教えてくれなかつたのか」と問い訊したのに対し、被控訴人は、「あなたに本当のことを言えば、お金を引きあげたり担保の提供をやめるだろうから、そうすると困る人がいるから、教えられなかつた」と答えた。
原審及び当審における被控訴人の供述のうち以上の認定に反する部分は信用できない。
三被控訴人は、小川俊彦の依頼を受けて、黒字の虚偽の確定申告書を作成するとともに、毎月昭栄機械の試算表(作為された疑いがある。)を作成して控訴人に送付していたものである。
前記認定の事実によれば、被控訴人は小川俊彦がこれを利用して融資先を欺いて昭栄機械の金融を得ることを知りながら、昭栄機械の実情を粉飾し、このような虚偽の内容を記載した書類を作成したものであること、すなわち、被控訴人はこれにより昭栄機械に対して融資をするものが損害を受けるかもしれないことを予見しながらあえてこのような虚偽の内容を記載した書類を作成したものであることが認められる。右認定に反する原審及び当審における被控訴人の供述は信用できない。
以上によれば、被控訴人は、その作成した書類の記載を信用して融資をし(保証をし、担保を提供した場合を含む。)、損害を受けたものに対しては、その損害を賠償する義務があるものといわなければならないから、控訴人に対し、その作成した書類の虚偽の記載内容を真実の内容と誤信したことにより蒙つた前記損害を賠償すべきところ、<証拠>によれば、控訴人は前記融資を始めたころから昭栄機械の取締役になつたものであり、昭栄機械の帳簿類を閲覧し、その営業実績を調査することができたはずであり、それをしていれば前記確定申告書等の虚偽であることを知り得たのに、それをしなかつたことが認められ、この点において控訴人にも過失があるといわざるを得ないので、これを斟酌すれば被控訴人の控訴人に対する賠償額は金一〇〇〇万円とするのが相当である。
従つて、被控訴人は控訴人に対し右金一〇〇〇万円及びこれに対する控訴人がその支払をした後である昭和五五年九月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであるから、控訴人の本訴請求は右限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却すべきである。
四よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は一部不当であるからこれを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官輪湖公寛 裁判官武田平次郎 裁判官木原幹郎)